ここ数ヶ月間、当協会の歩みや私自身の幼少期からの修行などメルマガ他を通じてお話いたしました。最初に出版しました本についても述べましたが、読んだことのある方は、「これは普通の人ではない」と感じたことでしょう。しかし私自身としては、普通の人生でありました。違いについては“修行の人生”ということかと思いますが、私のこれまでの人生は努力して越える、または修行の賜物であったと言えます。

 元々、自分の人生は良くないと感じていました。私が生まれた当時、両親はともに体が弱かったのです。家族5人が、たった15㎡位の部屋の広さの家で住んでいましたが、幼き頃、父親の肺結核が感染してしまいました。小さな部屋ですから、家族全員が罹らないようにするのは大変でした。私は感染してから死にそうな状態が続きました。さらに時代は文化大革命の時です。政治的な差別があり、不平等な生活を余儀なくされました。たとえ優秀な人材であったとしても、貧乏な暮らしをしている労働者よりも貧しい生活でした。こうした原因により、いじめも受けました。このような社会環境の中で、青年期まで過ごしたのです。私は自らの力で、病気を克服して、生きた続けるために修行が始まりました。一旦、この修行のプログラムに入りますと、どんどん私は変わりました。昨日の自分を越えた今日の自分がありました。今日の自分を越えて、明日の自分に変わっていくのです。決して凄いことではなく、ただ毎日行うというだけのことです。その結果、小・中学校では最優秀な成績を修め、農村における働きや大学においても、優秀な成果を上げました。普通であり、特別な才能があったわけではないと思います。でも他の人より努力して、昨日の自分を越えるように生きてきた結果なのです。

 こうした生き方は、疲れるのでは?と思う人もいるでしょう。もし疲れてベッドで休んでも、疲れが残り取れないでしょう。大事なのは、今の自分を越えるということなのです。リラックスをして行えば、無理なく実践できるのです。

 今の時期、少林寺気功を行う場合、毎日、すべき動作をしっかり実践いたましょう。そして今日の自分を超えられるように継続させていきましょう。