「少林寺の禅門の弟子の生活の目的は、自分の身体を自分の身体とせず、自分の命を自分の命としないことです。これはつまり、自分の身体や命を一番大事なものとせず、逆に世の中の人々が 世俗の苦しみから離れて心身平穏な世界へと導くのが自分の任務であるとする考え方です。一日仕事をしないとか、一日食事をしないとか、自分で自分を律して養う形で、他人に一切の要求をしません。これが基本的な道徳です。
だから日常生活は苦しみを楽しみとなし、貧乏をよしとし、生活が豊かなのは恥ずかしく、身分が高いのも恥ずかしいと考えます。智慧を得るのが本来の目的なのです。」少林寺第二十九代名誉管長「徳禅大師」は以上のようにおっしゃっています。
普通の少林寺の僧侶の生活は、世間一般の人々の生活と比べて、少々苦しいものですから、苦行僧と考えても差し支えはないでしょう。では、これから、少林寺の僧侶達の衣食住についてお話しましょう。
少林寺をおとずれる一般の観光客は、一般の僧侶達が出家した人達が着る僧衣ではなく、大きなつながった服を着ているのが理解できないのではないかと思います。実際、出家した僧侶達と一般の人々が異なる服を着なければならないという規定はないのです。では、それはどうしてなのでしょうか。これは、歴史に由来するものです。仏教が中国に入ったのは今から約二千年前の後漢の時代でした。当時から現在に至るまで、服装は時代にともなって変遷してきました。しかし僧侶達は時代が移り変わっても、流行は追いかけず、仏教伝来当時の服装を変えなかったので、現在に至るまでずっと漢の時代の服装を続けているというわけなのです。理由はそれだけにしかすぎません。
具体的に衣服のお話をしますと、一般の人々の服には大中小とサイズがあります。漢の時代の服はだいたい大きいのですが、「小衣」は五つの布を縫って作ったもので、中国語では「五衣」といいますが、日本では「作務衣」と呼ばれており、寺院の掃除や労働の時に着ています。次に「中衣」ですが、七つの布で作ったもので、仏事を行う時に着るものです。最後に「大衣」ですが、これは一般的には九つの布で作るのですが、多いものでは二十五枚の布で作ったものもあります。二十五枚の場合は、僧侶の礼服で「袈裟(けさ))といい、僧侶が所用で寺を出る時や自分より上の人に会うときに着るものです。袈裟の本来の意味は色の名前です。「色々混じった色」という意味があります。僧侶は一般に青、黄、赤、白、黒といった五色を身につけてはいけません。袈裟は、昔のインドの礼服の形で作られており、「比丘戒」を受けた僧侶だけが、着ることを許されています。寺院の中で一番高い位にある僧侶のみが、赤い袈裟を身につけられます。僧侶が定められた僧衣を身につけ、剃髪するのは、世の中で言われる華美な衣服は捨て、地味で質素な生活を過ごすという目的のためです。
では、僧侶は袈裟をつけた時、なぜ片方の腕を出しているのでしょうか?これには二つの意味があります。一つはブッダを記念するためです。仏陀の絵や仏像をみればすぐわかるのですが、袈裟を着て必ず胸や腕が出ています。インドは暑いので、そのように着ていらっしゃいました。しかし、中国はインドより寒いので、まず中に服を着て、その上に袈裟をかけ、そして片方の腕を出したのです。これは祖師であるブッダを忘れないようにという心から来ています。もう一つは、少林寺二祖の「慧可(えか)」が達磨大師に自分の決心を表すために左の腕を切った故事に由来しています。そのため少林寺の僧侶は左の腕を出しているのです。
僧侶はみな精進料理を食べ、飲酒はしませんし、肉も食べません。これは仏門の「殺、盗、淫、妄、酒」の五戒を守るためから来ています。もし肉を食べれば、かならず「殺」の戒を破る事になります。仏教の考えでは、動物でも虫でも、全てのものには生命があります。そして生命があるものは、魂を持っています。それゆえ、殺してはいけないのです。そうした動物の肉を食べると言う事は、自ら殺していなくても、殺したのと同じことだと考えます。またそれだけではなく、植物の中でも、ねぎ、ニラ、ニンニクなどを生で食べてもいけません。生で食べた場合、強いにおいがするので、このような状態で他の人と話すのは、礼儀正しい振る舞いとはいえません。だから、仏前でこうした強いにおいをさせるのもいけません。しかし、よく煮たり炒めたりしてにおいを完全に除去し、調味料として使う事はできます。実際のところ少林寺ではこうした刺激臭を持つ野菜は、寺院所有の農園では栽培していませんし、購買もしません。
さて、現在少林寺で生活する僧侶は、五、六十名ぐらいいますが、生活費は全て寺の収入によってまかなわれています。労働できないような高齢の僧侶だけが、国家から補助をいただいているぐらいです。観光客からの入場料と、少しばかりの土地からとれる農作物からの収入にたよっているわけです。僧侶はみな、観光客の接待や、寺院の掃除、仏像の管理、農作業などを仕事としており、千年以上こうした「農禅」生活を続けてきています。そして一日仕事をしなければ、一日食べません。他人から施しは受けないのです。
また、少林寺の僧侶は農作業をしていますが、これはけっこう重労働ですから、一日三回食事します。寺によっては、食事は一日二回で、昼ご飯のあとは食べないというところもありますが、少林寺は一日三食です。一般の僧侶は仕事がなくて、在家から食事をいただくというケースもありますが、少林寺ではそのような事はしません。少林寺は住んでいるところは質素で、ベッドと仏像の他には何もありません。
少林寺はへんぴなところにありますから、交通手段として飛行機や船に乗るのは許可されています。また、少林寺は自動車も持っていますから、自動車で外出する場合もあります。そして、僧侶が寺を離れる時は、他の寺院に見せる紹介状のような「参学証」というものを持ちます。これは、僧侶は一般の人と違って、朝夕の勤行(ごんぎょう:朝課晩課のこと)が欠かせないからで、僧侶は自分の寺を離れても、なるべく寺院に泊まって、そこでいっしょに勤行するためです。ホテルに泊まる場合は、一人で勤行しなければならない場合もあります。
最後に少林寺の僧侶は、前に述べた衣食住以外に、結婚についてもはっきりと規定があります。これは、「五戒」によってしてはならないと定められています。僧侶は家庭の一切の事柄から解放されて、仏教に専心しなければなりません。もし仏教を信じる人が結婚する時は、在家の弟子としてであり、僧侶として結婚する事はできません。これは少林寺で定められています。
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