貧しい生活などで自分が苦労するという事は、優秀な人物を育てるための天からの試練と思うと自分の心身は良い方向に向かうと思います。逆にその苦労から逃げてしまったら心身は現状のままか、良くない方向に向かってしまうと思います。
 孟子の「告子章句下」の十五章の中に似たような内容があります。

「天の将に大任を是の人に降ろさんとするや、必ず先ず其の心志を苦しめ、其の筋骨を苦せしめ、其の体皮を餓せしめ、其の行動を空乏せしめ、其の為さんとする所を沸乱せしむ。心を動かし性を忍ばせ其の能くせざる所を増益せしむ。所以なり。」

つまり、ある人が志を持ち立ち上がろうとした時に、天は苦労という苦労を経験させ、肉体、精神、骨までも極限まで苦しめる。その志が一切の不純な動機からではないか、また本物かどうかをためしているのである。
その苦労と試練に耐えられた者だけが、志を成し遂げることができる。
それゆえ、あらゆる困難というのは、」その人の足りないところを補うために天が敢えて与えているのだ。ということです。
 世の中に自分が生まれて、様々な苦労などの辛い経験は、大人(たいじん)になるための自己鍛錬です。
すべての行動に順調な事をなくして、苦境から頑張る意志を作り出す。
その苦境をもって自らの能力を鍛えたら大きな責任を担える人物となるでしょう。