嵩山少林寺(以下、少林寺)での演武がすべて終わり、秦先生のはからいで僧侶たちと同じお昼ご飯を食べ、寺の石碑などを見学したり少林寺薬局で買い物をしたりした私たちは、次に希望者だけ達磨洞へ向かうことになった。

達磨洞とは、インドからはるばるやってきた達磨が壁に向かってひたすら9年間座禅を組んだとされる「面壁九年」の石洞である。少林寺は創建496年の禅宗発祥地であるが、達磨から始まったと伝えられている。そのため、少林寺を訪れた際には一度は訪ねておきたい重要な場所だ。ただし、洞があるのは山の上。800段ともいわれる階段や道をのぼらなくてはたどり着くことができない。

私たち一行の中には高齢の方や体調を崩している方もおり、この日達磨洞に挑戦したのは約2/3の人数だった。その中でも最高齢の83歳の女性は、この少林寺旅行に参加するたびに達磨洞に登っている。今回は「足の調子が悪いので、途中までは行こうと思う」と言っていた。

夕方16時近くから登り始めたが、まだ日差しは強く照りつけていて結構ハードな道のりであった。遥か上を眺めながら登ると、その距離にため息が出るが、私は自分の数歩前だけを見て進むことにした。その方が思ったよりもずっと気持ちが楽になり、いつの間にかかなり進んでいるのである。

一歩一歩の積み重ねがゴールになるというのは、武術や人生にも似ているなと感じながら歩いた。また、時おり足を休めて振り返ると、下には緑の山々が連なり、清々しい絶景であった。

達磨洞に到着すると、展望台がさらに上にあるという。せっかくなので、もう少し階段を上って展望台まで行くことにした。展望台は山頂にあって、大きな達磨の白い像がデンと建っている。風が気持ちよく、登ってくることができた達成感でいっぱいだった。しばらく展望台で写真撮影をした後、また達磨洞がある場所まで戻った。次々と仲間たちが達磨洞に到着し、最後に83歳の女性が登ってきた時には、みんなで拍手をした。若い人でもキツイこの道のりを登ってきたのは、本当にすごい。無事に達磨洞へたどり着くことができて、嬉しそうなその方の笑顔が印象的だった。

全員が揃ったところで、いよいよ達磨洞の中へ。秦先生と一緒にここで座禅を組む。私は目をつぶると、宇宙の中に少林寺の石碑に刻まれた達磨の絵が黄色く浮かび上がるという体験をした。

集合写真631

座禅を組んでいると、十数人も洞の中にいるのに、いつの間にか人の気配がなくなり、まるで自分一人だけがいるような感覚になった。以前読んだ禅の本に「数十人で座禅を組んだとしても、全員がものすごく集中すれば空気が澄み、とても心地よいものだ」と書かれていたが、このことかもしれないと思い当たった。

その後、座禅も無事に終えて、みんなでゆっくりと山を下った。この日は朝からとても忙しく、体力的にも厳しい日ではあったが、充実した一日だったと思う。達磨洞の麓(ふもと)で数人と乾杯して飲んだ冷たい飲み物が、ことさら美味しかった。

(T.I)